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東京地方裁判所 昭和37年(タ)30号 判決

原告 宣寿慈

被告 信成こと廉新生

主文

原告と被告を離婚する。

原・被告間の未成年の子、長女光(昭和二一年九月一九日生)、長男明(同二四年五月九日生)、次女栄(同二七年六月二四日生)の監護者を原告と定める。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告は主文と同旨の判決を求め、その請求原因として

「原告はもと日本国籍を有していたが昭和一九年一〇月一九日に、中国(当時中華民国)江蘇省無錫県に藉貫を有し中華民国より留学生として来日していた夫なる被告と東京都において適法に婚姻し、その結果日本国籍を離脱し、中華民国々籍を取得した。原被告間には長女光(昭和二一年九月一九日生)、長男明(同二四年五月九日生)、二女栄(同二七年六月二四日生)の三子がある。

原・被告は婚姻直後帰国し、南京に居住していたが終戦による追放のため、昭和二一年九月に台湾に移住した。被告はその頃より深酒に浸り職場の女子事務員と情交関係を結び全く家庭を顧みなかつたので原告は止むなく内職或は放送局に勤務して一家の生活を支えて来たが、生活にも窮するようになつて来た為、日本在住の自己の両親とも相談をした結果昭和二七年八月頃原告のみ子等と共に来日することを決意したが、被告も右事実を知るや自己の来日手続をとり、結局昭和二八年二月原・被告は同一船で来日し、止むを得ず原告の実家に同居し、日本における生活をはじめた。

被告はその後原告の送金によつて京都大学を卒業しながら、在学中は他の女性と同棲し、卒業後も定職につかず、依然として原告及び子等の生活を顧みない状況であつたので原告は思案の末生活費捻出のために、昭和三三年一月子等を原告の両親に託して写真植字の技術員として台湾に行き同所で暫く働いていたところ、被告は同年四月原告に無断で日本を立去りブラジルに渡航してしまつた。原告は直ちに帰京し現在まで自己の両親の援助のもとに働きながら子女の養育にあたつているが、被告は、渡航の途中、原告に対し、日本に帰らないこと、離婚手続をするようにと便りをし、その後一度ブラジルより金品要求の便りをしたのみで生活費の支給もしたこともなくその所在すら明らかにしないまゝ今日に至つている。

被告が右の通り叙上の情況の下に原告に無断で原告の許を去り以後原告に生活費を支給せず且音信を絶つて所在を不明にしている事実は被告が悪意をもつて原告を遺棄したものというべきである。よつて原告は、民法第七七〇条第一項第二号に基き被告との離婚を求める」

と述べた。〈立証省略〉

被告は公示送達による合式な呼出をうけながら本件口頭弁論期日に出頭せず答弁書その他の準備書面も提出しない。

理由

その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第一ないし第三、第七、八号証、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第四号証、同第五、六号証の各一、二、証人仙達市郎、同小田倉美子の各証言、原告本人尋問の結果を綜合すれば原告主張事実を認めるに十分である。

法例第一六条によれば本件離婚の準拠法は離婚原因発生当時の夫たる被告の本国法によるべきであるところ、前記認定の事実により被告の本国と認められる中国は現在中華民国政府と中華人民共和国政府が対立し、互に自己を中国全域全人民を支配する政府と主張しているが、現実にはそれぞれの支配領域に独自の法秩序を有し各領域においてその実効性が担保されていることは顕著な事実である。従つてかゝる場合には法例第二七条第三項の不統一法国法に関する規定を類推適用し、当事者がいずれの領域に最も関係があるかによつてその地域を現実に支配し実効性を有している政府の法をもつて「その者の属する地方の法」として右に準拠するを相当とする。

しかして前掲証拠によれば被告は中国本土に出生し同所に本籍を有するけれども今次大戦終了後中華民国政府と中共軍の争により両親妻子と共に本土を脱出して台湾に逃れ、爾後来日するまで台湾に住所を定めて居住し、現在もその母は台湾に居住していることが認められ、右事実によれば台湾が被告の中国における最も密接な関係をもつ地域としてその「属する地方」と認めるを相当とする。しかして台湾が現在中華民国政府が支配する領域に属しその制定した法律が実定性をもつていることは顕著な事実であるから本件においては結局中華民国政府施行の同国民法に準拠するを相当とする。

しかして被告が右認定の通り昭和三三年四月に原告に無断でブラジルに向つて原告の許を去り、以後原告に生活費も支給せず、音信を絶つて所在を不明にしている事実は同国民法第一〇五二条第五号に該当すると同時に日本国民法第七七〇条第一項第二号にも該当することが明らかであるから右事由に基く原告の離婚請求は理由があり、認容すべきである。

次に原被告間の監護者指定についてはその指定が離婚の効果としてこれに附随して行われるのであるから、その準拠法は離婚の準拠法によるべきを相当とするから中華民国民法によるべきところ、同法第一〇五五条但書によれば裁判所において子の利益のために監護者を選定することができる旨規定されているので前記認定の諸事情を斟酌して、原、被告間の未成年の子、光、明、栄の監護者を母である原告に定めるのが相当である。

よつて原告の本訴請求は理由があるからこれを認容すべく訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高井常太郎 奥輝雄 高橋朝子)

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